35

(mにアップした分)
36年前の今頃は
母は産院に居たらしい。
そんな話をしながら 母は私におうすをたててくれた。
真夜中ちょっとすぎに私は産声をあげたが
5月中旬にうまれた私は 祖父、ミツゾウの期待には副うことなく 女だった。
ミツゾウは 五月人形やらコイノボリやらいろいろを買い揃えていたらしいが
私が女だとわかって 道具屋さんに返品してしまったらしい。
だから、私はイーデスハンソンに大変敏感に反応するわけです。
(説明しよう:イーデスハンソンさんは
「太郎鯉」という岡本太郎さんデザインのこいのぼりのCMに出てはったんですな。幼少期の私は鯉のぼりがほしくてほしくてたまらなかった→太郎鯉のCMを食い入る様に見つめていた→イーデスハンソンさんを見つめていた)

今日は早々に 友人からお祝いのメッセージをもらった。

一番最初にメッセージを送ってくれたのは、君だ!
去年、「ご愁傷様」と送ってくれたあなただ!
どうもありがとう。

それからぼちぼちと「イブだ!」とか「イブは永遠のアイドルだ。竹田さんって言うんだよ」とか「うひょーい!」とか メッセージをもらった。

で 恒例の いつものアレを聞こうと 実家でCDを探すも...
ない!
アレがない!
仕方がないので 運転しながら自分で唄うことにする。
歌詞なんてよくおぼえていないけれど
「ラ マンマ モールタァ♪」と 唄いだすことはオボエテイル。ダックテイル。

母が私の歳のときには 私は幼稚園の年長組だった。
砂場で口をあけながらジョウロを使い、額のあたりから水を流し「マーライオン」と言っていたのはこの頃だったと思う。
「私、スコッチ刑事に似てる」と自覚したのもこの頃だったと思う。

今の私はたぶん幸せなんだと思う。
でも 最近の私からは笑顔が消えているなぁと思う。
アリとキリギリスの話でたとえるならば 私はキリギリスで来たわけなんですな。
楽しいことをガンガンやって 面と向き合わなければならないことを後回しにしてきた。
やってきたことが報われていないと感じられるのはのは 報われるべき方向と違うことをしてきたから。

35歳の一年間は 激動の34歳に引き続きなかなか生き応えがありまし棚。
くじけそうになったときにありがたい友が傍に居てくれ、家族が居てくれ
なんとか乗り越えることが出来たけれど
根本(りつこ? それとも はるみ?)にある問題からは 相変わらず逃げてしまっていて
そのままになっている
そんなこんなで36歳を迎えるわけで。

「もっと自分に自信を持ちなさい。もっと堂々としていなさい。」と母に言われた時は
「わたし、自信を持つことなんてできないわ。」と思ったのに
今年の初めは同じことを他人に言われて 妙にうれしく思ったんだった。
んんんん。 出張マジック!東京砂漠マジックだったのかも。

このままのらりくらり生きることも選択できるんだなぁということを母に話したら
反対されてしまい
少々困ってしまった 今夜。
「どんどん頭でっかちになってしまって もう何がなにやらわからなくなってしまってるのよ」
「このままで居ることを選択したらしたで 覚悟もできるし 違う道を選ばないといけないというストレスから解放されるでしょ?」と話したら
「もっと違う道があるでしょ?」と人生の先輩として強く言ってくれた母。
んんんんんんん。

で、どうするのよ、私  なんですな。
ぶへ。

両親に感謝
家族に感謝
ご先祖さまに感謝
親類縁者に感謝
まわりのみなさまに感謝
はぴぼすでー 自分。

みなさま ありがとうございます。

夜と朝の間に居る私。
夜明けまではすぐ?
まだまだ?
とりあえず、唄います。