不出来な私のせいだろうか
父が立っていたその場で崩れてしまった。
支えようとしても「さわるな!」と言われ、
「こんなに痛いのは初めてだ」と叫んだ。
明日の審査のために 休日ミーティングが行われていた。
私は そのミーティングに出席しなければならなかったらしい。
そうだとは知らない私は昼間から携帯電話2台を解約し、Bに電話をしたりしながら
のんびりと出社。
会社に到着して驚いたのは社員の車がずらっと並んでいたこと。
私はその場に固まってしまった...
事務所に入って父に言われたことは「ちゃんとしてくれよ」だった。

そんな不出来な私のせいだろうか
父は背中が痛くなったのだ。
パンクレアスの痛みに違いないのだと父は言い、
社員の前では痛そうな風にはしないけれど
私の前では「痛い!」と叫んだ。

言われたことだけをするのではなく、それ以上のことをしようと
私なりに準備をしてきた明日の審査。
私が準備してきたことは ほとんどむげにされてしまっていた。

それに対して抗議をするつもりだったけれど痛がる父には何もいえなかった。

鎮痛剤でなんとかするよりも 何か他に方法がないだろうかと考えたが
父の病気について 私はノータッチなので
長姉にメールをした。
長姉はすぐに連絡をしてきてくれ、その次の電話では もう会社の前に来てくれていた。
2回の検査に失敗した病院で診て貰える様に交渉してくれていたり
温シップを持ってきてくれていたり、と
すばらしい手配だった。
社員とのミーティングをしている父に 少し席を外して 父の部屋へ移動してくれと告げ
長姉にケアをしてもらった。
痛がる背中の位置を確認したら、パンクレアスではないかもしれないなぁ、と言うことになった。
自覚症状が初めて現れたので本人も不安だったのだと思う。

つっぱるような傷みに加えての鈍痛は 本人を不安にさせたようだ。

姉のケアのおかげか、その後はあまり「痛い」とも言わなくなり
父と私は徹夜で審査の準備を進めることになった。

父の3rdオピニオンをもらいにいく病院は大阪。
受診は30日。
痛がっているのだから何かあるだろうけれど
納得のいく診断が出るといいなと思う。
根治できる病気でありますように。